「本を読む本」を読んだ

読み終えたのは2020-08-30で感想などもほとんど書いていなかったのだけど、先日行われた社内勉強会のテーマが「読書」だったので改めて眺めて感想などを書くことにする。

本の読み方って習ったことありますか?

自分の記憶では、義務教育の中では一冊の本の読み方を習った記憶はない。小説や詩の読み方(楽しみ方とも言えるだろうか)は習ったが、一冊の本、特に教養書の読み方を体系立てて習う機会はなかったように思う。

自分が本の読み方をわかってきたのは、大学~就職直後くらいに、三色ボールペンで読む日本語を始めとする斎藤 孝さんの本にはまったことと、研究室や会社での技術書の読書会を経験したことがきっかけだった。

さらに、少しはうまく読めるようになってきたと感じるようになったのは、本をきれいなまま読むことをやめてからで、恥ずかしながら実はここ数年のことだ。

「本を読む本」を読むといい人

昔話はこれくらいにして「本を読む本」の話題に入ろう。本書は、本の中でも、特に「教養書」の読み方を体系立てて学ぶことができる本だ。

これは「本を読む人」のための本である。「これから本を読みたい人」のための本でもある。つまり「読む」ことによって知識を得、理解を深め、優れた読書家になりたいと思う人のために書かれた本である。

本書の書き出しはこのようになっているが、あくまでも個人の感触としては、「これから本を読みたい人」が本書を読み切るのはかなり困難だと思う。正直、学生時代の自分が読み切れたとは思えない。(本書の中では、難しくても一冊読み切れ!と言い切っており、それを愚直に実践できたら読み切れただろうが…)

自分なりに言い換えるなら、「もっと本をうまく読みたい人」あるいは「本からもっと効率よく知識を得たい人」のための本だ。こういった課題意識を持つ人なら、この本から学べることはとても多い。

なぜ「本」を読むんだっけ?

さて、ここまで「本を読む」ことに何ら疑問を持たず、必要なことのように話してきたが、「本を読む」ことは必要なのだろうか。本書が書かれたが書かれた1940年(!?)と、私達が生きている2020年ではあらゆる状況が違うが、その疑問にも本書は答えてくれる。ここでも、本書を読んだ2020年の私がどう解釈したかを書いてみる。

「本」などの単方向のメディアから学び、発見するスキルを持っていることが、生涯学び続けることの手助けになる

単方向ではないものの代表は「教師のいる学校」だ。わからないことがあれば、教師に質問したら、答えや答えのある方向を教えてもらえる。一方で、本は質問しても何も答えてくれない。本にかかれていることを自分で読み解き、そこから生まれた疑問に対し、自分で答えをだしていかなければいけない。これは、「本」を「Webページ」や「動画」に置き換えても変わらないだろう。

本というのは今となっては一つのメタファーで、本を読む技術というのは、発信者の一方的なメッセージを読み解き、それを自身の知識とするためのものであるといってもいいのではないか。

(一方で、インターネットによって、今まで単方向だったメディアが、ほぼ双方向になっているとも言えるだろう。SNSである本に言及すれば著者が答えてくれることもあるだろうし、識者がコメントをくれる場合もある。良い世の中になりましたね。)

初級読書・点検読書・分析読書・シントピカル読書

さて、少しだけ本書の内容に触れていこうと思う。本書では読書にはレベルがあると述べている。レベルは4段階あり、それぞれどういうものか一言でまとめてみる。それぞれの詳細に興味が出た人は、ぜひ本書を手にとってほしい。

  • 初級読書
    • 書かれている単語を識別し、文章を理解する
  • 点検読書
    • 限られた時間のなかで拾い読みをし、内容を把握する
  • 分析読書
    • 時間の制約なしに、内容を徹底的に読みこむ(本書のメイントピック)
  • シントピカル読書
    • 1つの主題について複数の本を読む

本書を読み終えて、自分の頭に浮かんだのは効率的に新しいことを学ぶ方法 | 栗林健太郎だった。そう、あんちぽさんの学習は、シントピカル読書に近いもの、あるいはそれそのものなのだ。これに気づいたことで、あんちぽさんの学習効率の良さが腑に落ちた。(もちろん、それだけでないのは言うまでもないが。)

おわりに

社内での「本を読む」ということについての発表を聞き、改めて本を読むことについてまとめたくなったので、少し前に読んだ「本を読む本」についての感想を書いた。前半で述べたように、本をうまく読めるようになりたい人には、非常に学べるところが多い本だと思う。書かれている内容や言葉遣いは平易なものではないが、ぜひ通して読んでみてほしい。