何度も同じことを聞いてしまう人に、何度でも答えてあげることは優しさか

某2年目氏のツイートを見て「いいこと言ってるじゃん」と思いつつ、タイトルのようなことを考えていました。(ツイートの文脈はわからないので、もしかしたらぜんぜん違う話だったかもしれません)

もう少しコンテキストを限定するなら「仕事上のやりとりや、なんらかの専門性に関することについて、同じ質問を何度もしてしまう、あるいは同じ指摘を何度もされてしまう」という人に対して、文字通り 同じように答え、指摘すること は優しさなのか?ということ。

自分の考えはこうです。

質問する・指摘される側の人が成長することが一番大事。そのためには、質問者が「また怒られる」というような気持ちにならないように配慮しながら、答える・指摘する側の人は、相手の血肉になるように答え方・指摘の仕方を変える必要がある。

それを踏まえての行動指針もあって、具体的には以下のように行動したいと考えて(なるべく)実践しています。

  • 2~3回目までは、初めて言われたかのように対応する
  • それ+2回くらいまでは、以前に同じことをした日時や、そのときにやっていた仕事など、記憶が呼び起こされそうなヒントを言いながら答える
  • 以降は、相手がネガティブな気持ちにならないように気をつけながら、過去の日時やシチュエーションを伝えて、こちらから答えを言わずに思いだせるように促す

「またお風呂の電気ついてたよ」はい。私がよく奥さんから言われるやつです。仕事では、コミットする前にdiffが意図した通りになっているか確認したり、リリースしたあとにおかしなところがないか動作確認をしたりと、「お風呂からあがったら電気を消す」よりよほど難しいことを覚え、習慣としてやっていると思うのですが、なかなかできないこともあるわけです。

私は、記憶や習慣について専門的なことはわかりません。しかし、覚えようと思っていることがなかなか覚えられなかったり、習慣化したいことが習慣にできていないというのはなんなかの原因があり、同じことを繰り返しているだけではなかなか解決できないと考えています。それを打開する切っ掛けとして、前回の文脈やシチュエーションをうまく使うとよいのかな、と思っています。

ですので、何度も同じように答えてあげること は、回答者は承認欲求を満たすことはできても、質問者の成長には必ずしも繋らないと考えています。「相手が成長する」かどうかという視点を持った上で、何度でも答えてあげることが重要ではないでしょうか。

※ このエントリは、お風呂の電気を消さないことを正当化するために書いたのではありません。